みなさんは「美意識」というものを聞いて何を思い浮かべるでしょうか。
クリエイティブを生み出すセンスだったり、自分を綺麗に保つ意識だったりをイメージするかと思いますが、
本書で定義している「美意識」は、これからのビジネスにあたって誰しもが鍛えておくべき重要な判断軸となるものです。
「美意識」を鍛えるべき理由は以下の3つがあげられます。
- 論理的・理性的な情報処理スキルの限界
- 世界中の市場の「自己実現的消費」への流れ
- システムの変化にルールの制定が追いつかない状況の発生
今回はビジネス賞大賞2018で準大賞を受賞した「世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?」の内容について、なぜ「美意識」を鍛える必要があるか、どのように鍛えることができるかに着目しながら詳しく解説していきます。
- 現代を生きるすべてのビジネスパーソン
- 企業のトップマネージメント層
- 「美意識」「直感」「感性」の必要性にピンとこない方
「美意識」とは
そもそも「美意識」とは何でしょうか。
「美意識」と聞くとクリエイティブをイメージしてしまいがちですが、この本では「経営における美意識」の概念を拡大し、経営における「真・善・美」を判断する認識のモードを指しています。
例をあげると、以下のような「美意識」を指しています。
従業員や取引先の心を掴み、ワクワクさせるような「ビジョンの美意識」
道徳や倫理に基づき、自分たちの行動を律するような「行動規範の美意識」
自社の強みや弱みに整合する、合理的で効果的な「経営戦略の美意識」
顧客を魅了するコミュニケーションやプロダクト等の「表現の美意識」
ではなぜその「美意識」を鍛える必要があるのでしょうか。
なぜ「美意識」を鍛える必要があるのか
筆者は大きく3つの理由をあげています。
- 論理的・理性的な情報処理スキルの限界
- 世界中の市場の「自己実現的消費」への流れ
- システムの変化にルールの制定が追いつかない状況の発生
ではそれぞれを詳しく見ていきましょう。
1. 論理的・理性的な情報処理スキルの限界
論理的・理性的な情報処理スキルの限界が露呈しているのには、2つ要因があります。
正解のコモディティ化
一つは、誰もが分析的・論理的な情報処理スキルを身につけたことによる「正解のコモディティ化」が世界中の市場で発生していることです。
そもそも経営は差別化を追求する営みだよね。
誰しもが同じ正解にたどり着くその先にはレッドオーシャンしか待っておらず、そのレッドオーシャンで戦うには武器はスピードとコストしかありません。
日本企業もかつてはスピードとコストで勝負し勝つことができましたが、現在そこで戦ったところで従業員の疲弊させるだけですし、収益性が悪化する一方です。
方法論としての限界
もう一つの要因は、分析的・論理的な情報処理スキルの「方法論としての限界」であると筆者は指摘しています。
これまでは、発生した問題に対してその要因を因果関係で抽象化して、その問題に対する解決方法を考えるという問題解決のアプローチが機能していました。
しかしながら、問題を構成する因子が増加し、その関係が動的に複雑に変化する現在では従来の問題解決のアプローチは機能しなくなりました。
そういった問題にあくまで論理的・理性的に答えを出そうとすると、意思決定が膠着状態に陥ってしまい、結果としてビジネスの停滞に繋がります。
これは実際に多くの日本企業に発生している問題でしょう。
ではそうした問題に陥らないためにはどうすれば良いのでしょうか。
「アート」「サイエンス」「クラフト」のバランス
経営学者のヘンリー・ミンツバーグによれば、経営は「アート」「サイエンス」「クラフト」が混ざりあったものだと主張しています。
「アート」がワクワクするようなビジョンを生み出し、「サイエンス」がそのビジョンに数値を用いて現実的な裏付けをし、「クラフト」がビジョンを現実化するための実行力を生み出します。
「アート」に偏ればそれはアートを追求するただのアーティストですし、「サイエンス」だけでは数値で証明できないワクワクするビジョンは生み出せません。「クラフト」だけを重視すれば過去の経験だけにすがり、イノベーションは起こせないでしょう。
この3つのバランスがクオリティの高い経営をするにあたって重要なんだね。
それにも関わらず、現在はほとんどの企業が意思決定の際に「サイエンス」と「クラフト」に偏りがちです。
その理由はシンプルで「アート」は「なぜそのようにしたか?」という理由について後から説明できないからです。「アート」はその説明できるか否かという「アカウンタビリティ」の面で「サイエンス」と「クラフト」に必ず敗れます。
しかし、「サイエンス」と「クラフト」が勝つ状況だと、差別化ができずにレッドオーシャンにたどり着き、そこでスピードとコストで戦わざるを得なくなってしまうのです。
その結果、現場の従業員の疲弊と収益性の悪化を招き、結果として2015年に起きた電通の社員が自殺した事件や、東芝の不正会計事件へと発展してしまうのです。
でも、「アカウンタビリティ」で負ける「アート」をどう意思決定に組み込むことができるの?
筆者はその問題を解決するには一つしかないとしています。
それは、経営のトップが「アート」を担い、その両翼を「サイエンス」と「クラフト」で固める方法です。
この方法には二つの仕組みがあり、一つは「経営のトップ=アートの担い手」で、側近が「サイエンス」と「クラフト」を支える形態です。かつて80年代のアップルがその代表例で、スティーブ・ジョブズとジョン・スカリーの組み合わせがその形態をよく表しています。
もう一方は経営のトップが、アートの担い手を指名する構図です。
CCO(チーフクリエイティブオフィサー)やCXO(チーフエクスピリエンスオフィサー)を起用し、権限を移譲する形態です。
ユニクロを展開するファーストリテイリングでは、柳井社長トップとして経営をリードしつつ、アート側はクリエイティブディレクターのジョン・ジェイやデザイナーの佐藤可士和を起用し、権限を委譲しています。
近年CCOやCXOをトップの側近に置く流れが加速しており、最近ではクラシルを運営するdelyにCXOとしてBasecampの坪田さんがジョインしたのも大きな話題となりました。
「日本一の人材を求めていた」- 坪田朋をCXOに迎え、delyが作る技術者主体の事業と組織 -FASTGROW
2. 世界中の市場が「自己実現的消費」へと向かいつつある
市場の変化に伴い、消費者が求める便益が変化します。
導入期は機能的便益を求め、やがて情緒的便益へ向かい、自己実現的便益へと変化します。
機能的便益は性能などの「機能」、情緒的便益=デザインやブランドなどの「感性」に訴える要素、自己実現的便益=そのブランドを使うことで周りに「〇〇のような人なのですね」というメッセージを伝えられる要素です。
現代社会では最終的にどのモノやサービスも自己実現的消費に行き着くため、ファッション面で競争せざるを得ないというわけです。
ファッション面といっても、デザインやテクノロジーを駆使すればいいというものではありません。デザインやテクノロジーがどんなに先進的で優れていても一時的には勝てるかもしれませんが、その後コピーされてしまいます。
その一方で「世界観」や「ストーリー」はコピーできません。
「世界観」や「ストーリー」の形成にあたって必要なのが、高い水準の「美意識」です。
我々日本人はフランスと並んで世界最高水準の競争力を持っていると筆者は言及しており、世界が自己実現消費の市場に向かう現在この「日本の美意識」というものは大きな機会になります。
3. システムの変化にルールの制定が追いつかない状況の発生
DeNAが2012年に起こした「コンプガチャ問題」。
ゲームの課金の仕組みにより、高額な費用をつぎ込み破綻する若者が続出し、消費者庁の私的により全ての企業が同様のサービスを停止することになりました。
2016年には医療情報を提供するウェブサイトで「情報の信頼性には責任を負わない」としながら、当該のサイトを検索結果で上位表示できるように操作していたことで、このキュレーションディアは多方から批判され閉鎖されました。他の企業も同様に医療関連の情報については削除し、サービスを停止しています。
どちらも当初は法律的には問題ないものが、後から「倫理的にはどうか?」とい問われそれに対するルールが形成されています。
既存のルール上問題ない、という点で意思決定をしていると後々倫理的に大きな問題となる可能性があります。
じゃあ何を基準として判断すればいいの?
それが「真・善・美」の基準で判断する力、「美意識」ということです。
システムの変化が激しく、それに対するルールが追いつかない現代では、既存のルールに適しているか否かではなく、自然法的な考え方が必要になります。
実際にグーグルの社是では、「邪悪にならない(Don’t be Evil)」という文言を掲げています。
グーグルが展開する事業の多くが、情報通信や人工知能など変化が激しい分野です。そんな世界のトップ企業が既存の明文化されたルールのみで判断していては倫理的な過ちを犯しかねません。
そのため、「邪悪にならない」という判断軸をもち、意思決定を行なっているのです。
ここまで、なぜ世界のエリートが「美意識」を鍛えるかについて解説してきました。
最後に、ではどのように「美意識」を鍛えるのかという点について説明していきます。
どう「美意識」を鍛えるのか
「美意識」を鍛えるにあたって本書であげているものは主に以下の4点です。
- 絵を見る
- 哲学に親しむ
- 文学を読む
- 詩を読む
絵を見る
絵を見ることで物事の「見る力」を鍛えることができます。
作品(絵)を見て、
- 何が描かれているか
- 絵の中で何が起きていて、これから何が起こるか
- どのような感情や感覚が自分の中に生まれているか
の3点の質問に対する答えを考えます。
「見る力」を鍛えると、ステレオタイプな「モノの見方」に支配されずに、何が起きているかを「見る」「観察する」ことができます。
例えば、以下の二つの言葉に共通しているものは何でしょうか。
ぜひ本書を読んで答え合わせしてみてください。
あなたがいかにパターン認識力が高まっているがゆえにステレオタイプな「モノの見方」に支配されていることがわかるでしょう。
哲学に親しむ
欧州では必修科目となっている哲学からは以下の3点を学ぶことができます。
コンテンツからの学び:内容そのもの
プロセスからの学び:気づきと思考の過程
モードからの学び:哲学者自身のスタンス
コンテンツに関しては誤りだと解明されているものも多くありますが、その哲学者がなぜそう考えたのか、どのようなスタンスで世界や社会と向き合ったかなど学ぶポイントは数多くあります。
文学を読む
筆者にとって「美意識」を鍛える最も有効なエクササイズとして文学をあげています。
地下鉄サリン事件を起こした彼らの多くが高学歴ながら文学作品を全く読んでいないという共通点があるそうです。
文学を読むことで、物語の中の生き方や考え方について、自分の「真・善・美」と照らし合わせ考え、「美意識」を磨くことができます。
詩を読む
詩を読むことで「メタファー(比喩)の引き出し」を増やすことができます。
メタファーは詩においてもリーダーシップにおいても「人の心を動かす」豊かなコミュニケーションができる点で重要です。
豊富なメタファーをもつ詩から学ぶことで、リーダーシップのトレーニングにもなるということです。
以上の作中で登場した4つの方法を紹介しましたが、個人的には写真も「美意識」を鍛えるよいトレーニングになると考えています。
写真を撮る
写真で重要なのは、高価な機材や編集技術ではありません。
写真家の濱田英明さんは以下のようなツイートをしています。
世の中をどの視点から見るかという「モノの見方」を鍛えることができ、その中でどのような世界観やストーリーがあるか、また見る人にどのような感情を与えるかなど、「自己実現的消費」の世の中で求められる「美意識」を鍛えることげできるでしょう。
我々の日常に溶け込んでいる写真からでも、少し意識を変えてみることで「美意識」を鍛えるかもしれません。
まとめ
世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか? その理由と、「美意識」の鍛え方についてまとめてみました。
「美意識」はこれからのビジネスにおいての意思決定や経営において重要な判断軸になります。
この本を読んで「美意識」への必要性を理解するとともに、身近なところから「美意識」を鍛えていきましょう。
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